子育てに理解がなさすぎて転職を決意

子育てに理解がなさすぎて転職を決意しました

離婚を経験し、子供を一人で育てていくために看護学校に通い、資格を取得しました。
クラスメイトはみんな自分より年下で、普通に学校を終わって進学してきた人たち。
でも、子供に苦労させないために頑張って資格を取ってきました。

そして念願の病院勤め。
福利厚生がよく、夜勤手当も他の医療施設より高額。ボーナスも年5か月半だし、3月には期末手当もありました。
夜勤もたくさんあって辛かったし子供にも寂しい思いをさせましたが、経済的には安定し、子供がやりたいことは何でもやらせてあげることが出来ました。
小学校も希望の私立に通わせることが出来て、看護師の仕事はとっても満足していました。

でも、人間関係が酷くて、特に直属の上司からの嫌がらせとも思えることが続いて、転職したいと考えることが増えてきました。

まず学校行事で休み希望を出すと、その日は必ず深夜勤務明け。
授業参観は午後2時からなのですが、深夜勤は朝9時15分に終了します。
でもほとんどサービス残業があり、退勤時間は10時を過ぎることがほとんど。
それから帰宅して家事をすませたりしたら、寝る時間はほとんどありません。
そして午後に授業参観は、頭がボーっとします。

それに、「この日は子供の誕生日なので休み希望です。」と伝えているのに、仕事が入り、後で調整をお願いすると
『だったらあんたが勤務表作ってみなさいよ!どれだけこっちは苦労して作ってると思ってるんだ!』
と怒鳴られたことがありました。
確かにそうかもしれませんが、じゃあ何のための勤務希望なの…。
と悲しくなるほどでした。
そんなこんなで転職を考えることが増え、転職サイトに登録してしまいました。

転職サイトのいいところは、仕事をしていて時間がなくても、希望に近い求人情報をくれること。
職業安定所と違い、自分で片っ端から求人情報を見て検討する…という時間のかかる作業を転職サイト側で行ってくれるので、効率よく転職活動ができます。
私はなるべく夜勤を減らしたいと考えていたし、糖尿病療養指導士の資格を持っていたので、それを生かせる医療施設で働きたいと思っていたので、転職サイト側に希望を伝えて数件の求人情報をいただきました。

今の病院は糖尿病患者さんがいても、積極的な治療をする病院ではなかったので、糖尿病療養指導士の資格を生かすことができませんでした。
何かしようものなら、上司から「調子に乗っている。」とか、「でしゃばり」などと言われたりしていたので…。

転職サイトは、登録している人たちからの様々な情報を得ているので、人間関係などのアングラなことも細かく教えてくれます。
『こちらは給与面が優遇されていますが、退職率が高いです。」
など、メリットデメリットをきちんと教えてくださるので、効率よく転職活動ができると思います。

育てて貰った恩のために犠牲になる 訪問看護ステーションへ

育てて貰った恩のために犠牲になった話

高校を卒業し、病院で働きながら准看護学校へ入学しました。
周囲の友達は、大学や専門学校へ進学しエンジョイしている最中、私は早朝より病院での雑務に追われとても嫌になり転職を考えました。

しかし、特にやりたいことが無く言われたことを忠実にこなせばバイトした以上の給料を手にすることが出来るので必死にやりました。 甲斐あって資格を取得し、准看護師として働き始めスキルアップのため転職を考えました。職場が内科だったため、今後の看護師としてのスキルを考えた際に他科を見ておくのもいいのかと思ったからです。

しかし、その転職への野望は白紙となりました。相談をしていた師長より、スタッフ不足のため退職を考え直して欲しいとのことでした。私が辞めることにより病棟に迷惑がかかること、育てて貰った恩があるため辞めず留まることにしました。
仕事を覚えると周囲のことまで見えて来るようになり、適当に仕事をしているスタッフへの不満や不甲斐ない上司へ怒りや覚えの悪い後輩の指導にストレスが溜まっていきました。

それでも、賛同してくれる先輩達と病棟改革をしていこうと押し進めました。しかし、そんなことは容易な筈は無く、周囲と反発をし事態は悪化していきました。それを見ていた看護部長からの呼び出され、「理想を押し付けないように。それではみんなのモチベーションが下がり辞められてしまう」と言われました。

病院のためにとしていたことが、返って注意を受ける形となり、私の看護師としてのやりがいをなくしていきました。
“こんな病院は腐っている。ここに居る患者さんが可哀想だ”と思っても、大きな力の前では無力なのです。
そんな頃、付き合っていた彼氏からプロポーズを受けました。結婚を機に夜勤を辞めるよう彼から言われていたため、結婚と同時に退職しました。

夜勤をせず、日勤常勤で続ける選択肢もあったのですが絶望とストレスしかない職場には未練が無かったのでボーナスを貰う前に退職しました。今となっては、少し勿体無いことをしたなぁと思ってます。
結婚をしてから、一度家庭に入ったのですが高校を卒業してから忙しく働いていたため、時間の使い方がわからなくなっていました。

始めは、自由な時間と束縛されない生活に気持ちが安らかだったのですが、”誰かと話したい。誰かの役に立ちたい”と思うようになっておました。

予てよりお世話になった方が、訪問看護ステーションを立ち上げることとなり、スタッフとして採用されることとなりました。
各ご家庭に伺い、清潔ケアやリハビリ、点滴や自己注射の指導など、場所が自宅なだけで行う看護は病棟と同じものでした。
訪問看護では、一件の訪問時間が決まっておりケアの他にご家族ともゆっくりお話をできる時間が持てます。私には、こういった働き方が合っていたのだと感じ、転職をして良かったとつくづく感じてます。

小児科から急な配置換えで辞めようと思った話

大学病院の小児科の入院病棟の看護師をしてました。
大学病院と言うだけあって、入院してくる患者さんは重い病気の子供達ばかりで、見ていてとても辛いこともあったり、元気に退院して行ってくれて喜べる時もあり、浮き沈みはありましたが、やりがいのある病棟でした。
子供の採血や点滴は苦手でしたが、先輩に教えてもらい日々努力していました。

そんなある日、入退院センターを設立する話しがあがりそこの看護師責任者として行って欲しいとお声がかかりました。
入退院センターでは、医事課の事務の方達と働く事になるようで、今までの看護師としての仕事とは大きく異なるようで戸惑いました。
事務の方達の仲に看護師として1人だけ働く事が億劫にかんじ、転職しようか初めて悩みました
でも、辞めるのはいつだって辞めれるからとりあえず頑張ってみようと前向きな気持ちで入退院センターの設立に貢献し、入退院センターの看護師になりました。

入退院センターでは、今後入院する予定の患者さんのアナムをとったり、お薬手帳をお借りして確認したり、お薬を預かったり、家族構成を聞いたり、入院当日の問診票で体調不良がないか確認するのが私の看護師としての仕事でした。
それ以外は基本、パソコンと向き合ってオーダー入力するだけでした。
なんだか、自分の描いている看護師としての仕事と大きく掛け離れてしまい、スキルアップにも繋がらないし、やはり転職をしようと決意しました。

今までの小児科病棟での知識を無駄にしたくなかったので、次も小児科の看護師として働きたいと思い小児科のクリニックに勤めました。
総合病院はどこに飛ばされるかわからないので、クリニックにしましたが、今度は人間関係に悩みました。

クリニックは毎日風邪の子供が受診するので、待合室で嘔吐する事も多々あるのですが、私が他の仕事をしていても必ず私に嘔吐の処理に行かせる先輩がいて、いつも嫌味を言ってきました。
その先輩は、院長の親戚だったようで何をやってもクビにならないらしく、やりたい放題の人でした。

もう、看護師としての仕事を辞めないと精神的に立ち直れなくなり始めたので、今度はまったく違う職種への転職を決めました。

まだ、新たな仕事は見つけれていませんが、医療の現場から離れて見て看護師は働く場所によって、仕事内容が大きく異なるから、自分にあった職場を見つけれたら最高の職種なのになーと思いながらこれからの事を考えています。

先輩の言葉で看護師を辞めなかったって話

わたしは現在28歳の女性です。看護学校卒業後から、大学病院の小児科で看護師として働いています。

わたしが看護師になろうと思ったきっかけは、わたしが幼い頃に体験した入院でした。当時わたしは身体が弱く、よく風邪をこじらせて入院していました。

そのときに担当してくれた看護師はいつでもわたしに優しく、丁寧だったことがとても印象的でした。また、わたしの両親にもよく声を掛け、わたしだけでなく家族へのケアもよく行なってくれていました。わたしはそんな看護師を見て、わたしも看護師になって患者さんの病気のケアをしながら、患者さんと家族の気持ちに寄り添える人になりたい、と思うようになりました。

就職してからもその思いは変わらず、知識も技術も不十分ながらもこまめに患者さんのもとに行って精神的な看護ができるようにと努力していました。しかし、それをよく思わない先輩がいました。

その先輩から、「医療ケアもまだまだ勉強不足で何もわからないのに、患者さんのところへ行って何をするつもりなの。」ときつく指導されました。

その先輩が言うように、わたしはまだまだ経験不足で、患者さんから医療の質問をされても答えることができなかったり、医療行為は一人で行なうことができないなど、医療者としての力はまったくありませんでした。しかし、少しでも患者さんのもとに行って話をしたり身体をさすったりするだけでも、その患者さんの心の支えになることも話し相手になることもできるのではないかと考えていました。しかしその思いを先輩に否定され、看護師としての力量は経験がすべてなのだろうか、ならばわたしはなにを目標に頑張ればいいのだろうかととてもショックでした。

その頃から、わたしが描いていた理想の看護師になることは不可能なのかもしれない、看護師は向いていないのでは、と思うようになりました。毎日家に帰ってから疾患や医療ケアの勉強をする毎日でしたが、気がつくと携帯で転職サイトを眺めていたり一般職に就いた友人のことを考えていたりと、看護師を辞めて他の仕事に転職することを無意識に考えることが多くなりました。

そんなとき、わたしにきつい指導をした先輩から声を掛けられ、業務後に話をすることになりました。先輩はわたしが悩んでいることに気付いているようでした。
先輩から、最近何を考えているのかと聞かれたわたしは、今の思いを正直に伝えました。経験がなければ患者さんのところへ行っても無駄だと言われているような気がしたこと、自分が描く看護師になることは不可能なのではないかと感じ無力感を感じていることを話しました。

すると先輩は、「あなたがなりたいのは心理カウンセラーなの?それとも患者さんの話し相手になりたいの?

あなたは、看護師として患者さんの命を救う手助けがしたいから看護師になったんでしょう。」と言いました。先輩は、わたしの患者さんに寄り添いたいという思いを否定することはありませんでした。

しかし、患者さんの疾患、今行なっている治療、そしてこれから起こると考えられる変化についてきちんと理解していなければ、本当に患者さんの気持ちに寄り添ったコミュニケーションはできないと伝えてくれました。

わたしは先輩の話を聞いて、頭を殴られたような衝撃がありました。わたしはなんのために患者さんに寄り添おうとしていたのだろう、患者さんの背景を理解せずに患者さんに近づいて、そんなわたしに何ができたと言うのだろう、と思いました。自分の無力さと不甲斐なさをそのとき初めて痛感しました。

それ以降、わたしは一層勉強に励みました。少しでも知識と経験を積んで患者さんと家族に信頼される看護師にならなければ、と思いながら仕事に打ち込みました。

あのとき、先輩と話をすることがなかったらわたしは今頃転職して看護師とは違う職業に就いていたかもしれません。わたしを指導し、道を正してくれた先輩に心から感謝しています。

夜勤なし看護師求人を探し始めたきっかけ ある救急病院ナースの談話

夜勤なし看護師求人を探し始めたきっかけはこんな話

私は看護学校を卒業後、新人教育に力を入れている田舎の二次救急病院に就職しました。
そこは病床数300床弱の、地域のイベントにも積極的に参加しているような地域では最大級の病院でした。
病院内の教育ではプリセプターシップをとっており、業務はパートナーシップで行われていました。
入職直後は「新人研修等が多く含まれ、先輩のナースもみな優しく、やりがいのある職場だ」と感じていました。
歯車が狂いだしたのは2,3ヶ月働いてからのことだと思います。

「処置を行うためには2人の先輩ナースにみてもらい、それぞれ合格をもらう」というルールが発生しました。
要するに、「私が患者に一人で注射などをするならば、その前にまず先輩ナースにその注射の手技がしっかりとできているのかを確認してもらい、合格をもらう必要がある。(2回)」というルールでした。

このルール自体は別に苦ではなかったのですが、苦になったのはその処置の項目にありました。

私の病棟は消化器・腎臓内科で、新人は私を含め3人いました。ひとつの処置を全員が合格するためには同じ処置が最低でも6回なければいけないのです。

そしてもちろん、1回で必ず合格するとは限りません。注射などの処置は日に何回もあるためすぐに合格したのですが、問題は科ごとにわかれた専門的な処置です。
中心静脈カテーテルの挿入やERCPのオペだしなどは月に何度もあるものではありません。
さらに、それらをテストする際には、「自分と先輩の二人がフリーである」必要があります。
その処置自体はあったとしても、「救急病院で二人の看護師がフリーであるという状況」があまりないのです

 

また、3人もいれば要領のいい人もいれば悪い人もいます。私は悪いほうでした。要領のいい子はサクサクと処置を合格していきます。
そこで、少しずつ差がうまれはじめました。

勿論、処置の数自体が少ないものは先輩ナースも「合格してないのは仕方ないよね」といってくれていたのですが、数ヶ月たってもまだ合格していないと「まだ合格してないの?」とプレッシャーをかけてきました。

転職を考え出すきっかけはここからだったとおもいます。

私はあまり強く人にいえないタイプの人間なので、要領のいいこのように先輩ナースに処置を譲ってくれるよう根回しをすることが出来ませんでした。
まして相手は忙しいのですから、余計に声がかけづらいわけです。そんなことが続き1年たつころには、早い子はすべて合格、私は合格していない処置が1/3ほど残っている状況でした。

私が転職を強く考え始めたのはこのあとのことです。
「4月から新人が入ってくるから、合格してない処置はテストもさせないし、今後やらせない」と病棟の看護師長がいったのです。

新人教育に力を入れているといっていたのに、できないなら見捨てるよ、と突きつけられたのです。
そんなことをいわれても上述したように、タイミングがあわなければテストができず、思うようにことが進みませんでした。

そうこうしているうちに4月になり、新人が入職してきたところ
いびりが発生しました。

「あの子は先輩だけどまだ出来てないから、見本にしないでね」
そういうことを連発するのです。

好きでそうなったわけではありません。ルールに縛られているから行えないだけで、処置自体は一人で出来るのです。
私は心底ショックでした。

勿論、フォローしてくれる先輩も多数いました。特に、私の専属の先輩ナースはとても優しくフォローし続けてくれましたし、周りの先輩からのいびりなどもかばってくれていました。

しかし、いいことよりは悪いことのほうが目に付いてしまうのです。行いたい処置もルールのせいで行えず、先輩のいびりにたえきれなくなった私は転職を決意しました。

せっかくだからと、夜勤のない職場に行こうと思い、夜勤なし看護師求人などをチェックし始めました。

今、私は介護施設で看護師をやっています。とても気が楽で、幸せです。

以上が、私の「病院の看護師をやめようと思ったエピソード」です。ここまで読んでくださりありがとうございました。