育てて貰った恩のために犠牲になった話

高校を卒業し、病院で働きながら准看護学校へ入学しました。
周囲の友達は、大学や専門学校へ進学しエンジョイしている最中、私は早朝より病院での雑務に追われとても嫌になり転職を考えました。

しかし、特にやりたいことが無く言われたことを忠実にこなせばバイトした以上の給料を手にすることが出来るので必死にやりました。 甲斐あって資格を取得し、准看護師として働き始めスキルアップのため転職を考えました。職場が内科だったため、今後の看護師としてのスキルを考えた際に他科を見ておくのもいいのかと思ったからです。

しかし、その転職への野望は白紙となりました。相談をしていた師長より、スタッフ不足のため退職を考え直して欲しいとのことでした。私が辞めることにより病棟に迷惑がかかること、育てて貰った恩があるため辞めず留まることにしました。
仕事を覚えると周囲のことまで見えて来るようになり、適当に仕事をしているスタッフへの不満や不甲斐ない上司へ怒りや覚えの悪い後輩の指導にストレスが溜まっていきました。

それでも、賛同してくれる先輩達と病棟改革をしていこうと押し進めました。しかし、そんなことは容易な筈は無く、周囲と反発をし事態は悪化していきました。それを見ていた看護部長からの呼び出され、「理想を押し付けないように。それではみんなのモチベーションが下がり辞められてしまう」と言われました。

病院のためにとしていたことが、返って注意を受ける形となり、私の看護師としてのやりがいをなくしていきました。
“こんな病院は腐っている。ここに居る患者さんが可哀想だ”と思っても、大きな力の前では無力なのです。
そんな頃、付き合っていた彼氏からプロポーズを受けました。結婚を機に夜勤を辞めるよう彼から言われていたため、結婚と同時に退職しました。

夜勤をせず、日勤常勤で続ける選択肢もあったのですが絶望とストレスしかない職場には未練が無かったのでボーナスを貰う前に退職しました。今となっては、少し勿体無いことをしたなぁと思ってます。
結婚をしてから、一度家庭に入ったのですが高校を卒業してから忙しく働いていたため、時間の使い方がわからなくなっていました。

始めは、自由な時間と束縛されない生活に気持ちが安らかだったのですが、”誰かと話したい。誰かの役に立ちたい”と思うようになっておました。

予てよりお世話になった方が、訪問看護ステーションを立ち上げることとなり、スタッフとして採用されることとなりました。
各ご家庭に伺い、清潔ケアやリハビリ、点滴や自己注射の指導など、場所が自宅なだけで行う看護は病棟と同じものでした。
訪問看護では、一件の訪問時間が決まっておりケアの他にご家族ともゆっくりお話をできる時間が持てます。私には、こういった働き方が合っていたのだと感じ、転職をして良かったとつくづく感じてます。

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